私の・・・

「私のもの」、という言い方がある
「私の夫」「私の子供」「私の恋人」

私は
ことさらに所有を示すかのようなこの言い回しが好きじゃなかった

人を所有などできないし
 してはいけないと思ってるから


ただ、私の中で
ここにいつくかの混乱があったことにふと気が付いた

愛し合っている二人が使う
 「私はあなただけのもの」という言葉は
 「あなたは私に触れてもいいの」という意味だけど
「あなた」が「私」を大切にしてくれる、
「私」も「あなた」を大切にします、という
互いの尊厳を尊重し合えると確信できて初めて使える言葉であり
 「あなたを信頼します」の意味を込めた言葉であって
所有を示す言葉ではないのね

つまり
相手を大切に出来なくなったときには
効力を失う言葉なんだよね


 人は誰のものでもない
 その人の心はその人のものであり
 その人の体はその人だけのもの

これが誰にとっても一番守られて欲しいことなんだよね


「私」が「あなた」の恋人でありたいと願い
「私の体や心」を触っていいのは「あなただけ」なんだ、と私が決めた時
「あなた」が「夫」でなかった場合
「夫」であっても私の「許可」なく「私の体」に触ってはいけない
(道徳的な基準で 不倫だ、云々だの話ではない)

基本はこれなんだよね

「私の妻(恋人)」だから「私のもの」で「私の好きにしていい」のではない
逆もしかり
「私の子供」だから「私のもの」で「私の思い通りにしていい」のではない
結婚したからすきな時に好きに触っていいのではない
 妻に触れたいならば、その都度許可がいる
 夫と触れ合いたいならば、その都度許可がいる、ということなのだ

自分の子供だからと、いつまでも一緒にお風呂に入っていいわけでもなく
自分の子供だからと、幼児期を過ぎた子供に胸を触らせていいのではない

 夫婦であろうと
 恋人であろうと
 親子であろうと
私の体は私だけのものなのだ

A子とB男は結婚してるけど
A子は「今日」は共寝したくない
あるいは
「これから、ずっと共寝したくない」と思うのは自由だし
それをA子はパートナーB男に伝えていいことなんだよね

B男が納得いかなかったらそこでA子と話す
互いが自分の気持ちを探りながら
互いが妥協できる地点がどこなのかまで話す

それが対等なコミュニケーションということなんじゃないだろうか

かつて婚姻は確かに所有だった
労働力であり
権力の維持のためであり
部族の力のためのものだった

けれど、人に権利意識が芽生え、
女性も男性と対等な存在だと意識されるようになって
婚姻は個人の結びつきを重要視されるようになったのではなかっただろうか


なのにやっぱり
なんとなく「結婚」=「所有」だと思い込んでいて
ここが混乱していた部分だったのだ

 自分の体であるのに
 自分が嫌だと言いたいと感じているのに

黙って受け入れることが当たり前だと思っていなかっただろうか
NOと言ったらいけないって思い込んできたんじゃないだろうか
(夫は妻に、妻は夫に、恋人は恋人に)


私は私の許す人以外の誰にも私の体を触れられたくない
私は私の大切な人が、
 その人の許可のないままに誰かに触れられて欲しくない



 そして、この言葉は所有ではないと確信できた今
 初めて使える・・・震えるような喜びを持って
 
    私は あなたのものです
 
    あなたは 私のものです  
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by julib2 | 2008-03-07 12:54
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